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正社員として「A社」で働き出したのは、1980年です。デザイナーの指示に従っ て、書体や文字の大きさ、位置、スタイルを形にしていく写植オペレーターで、仕 事は「楽しい」の一言に尽きましたが、1987年、諸事情でA社は解散しました。 オペレーターでは物足りなくなって、夜間の専門校で版下やデザイン・レイアウ トなどを勉強していた私は、次の就職先は「制作会社D」にしました。気がつけば 本来の仕事のほかに、コピーを書いたり、顧客や工場との打ち合わせ、取材、経理 までも……。いやはや、凄まじいことでした。しかし、どれも成し遂げたときの達 成感、充実感は言葉にならない喜びで、ここでも仕事は張り合いのある楽しいもの でした。 そのころの趣味は山歩き。しかし、D社入社後間もなく「慢性関節リウマチ」を 発症した私は今までの仲間と歩くことは出来ません。ならば一人で歩くしかないと、 ちょうど募集のあった「中高年の山歩き講習会」を受講しましたが、よりによって 講習最後の日、講師は、サークル設立の世話係に私を指名したのです。縁の下の力 持ち的存在が好きな性格からしてこれが良かったのか、それとも薬が効き始めてき たのか、5ヵ月もすると手足の痛みも落ち着き、その後10年間、副会長として会の 運営に携わってきました。 それでも「いつかは動けなくなるかも…」との不安は抱えたままです。そんな私 に、同僚が声をかけてくれました。「これからはインターネットの時代。居ながら にして世界と交信できますよ。仮に動けなくなっても、そんなの恐くないですよ」 と。その同僚に教わりながら、1998年11月、ホームページ「Happy Middle Age」を 開設、「仕事」、「山」、「インターネット」が生活の骨格となっていきました。 2002年、第1回オフ会で知り合ったシニアウエブの仲間と再婚し、群馬に移り住 んだのをきっかけに、サークル活動を引退しました。一人で発行し続けたサークル 通信は101号で終了、膝の故障で山を歩くのも困難になっていました。山が消えま した。 2005年、思いもしなかったD社の倒産により、仕事が消えました。 あれから3年。仕事と引き換えに手にしたものは「県民リポーター」(夫との二 人三脚)、「音訳ボランティア」、「家庭菜園」。県広報担当者の目が届かない隅 々の話題を探して歩き、公報や文学を声に換えて、視覚障害者に提供しています。 近所の人たちと知り合うきっかけが欲しくて始めた畑も、土と遊ぶ時間はかけがえ のないものになりました。 「Happy Middle Age」は、11月に開設10周年です。ここからインターネット上に飛 び出して、視野は大きく広がりました。親しく交流する仲間も出来ました。間もな く61歳になりますが、平均年齢まで生きるとしたらまだ30年近くもあり、どう過ご すかは大問題です。 でも心意気だけは変わらずに持ち続け、1日1日を大切にしていくつもりです。 |
