台湾のいきいき中高年・・その秘密を探る-1998年記載-

台湾第二の都市『高雄』は、人口143万人(1997年5月)の商工業都市であり、世界十
大国際貿易港に数えられる港、そして国際空港を有する、台湾南部の表玄関である。
台北が台湾の政治の中心地として急速に発展したのに対し、高雄は、重化学工業を
核に台湾経済の基盤を支えることで発展してきた。今回は、この活気あふれる高雄
市のいきいき中高年をご紹介します。


 今回訪れたのは、高雄市の中心に位置する『中央公園』。この公園は、運動場を
中心に、その周りに市民プール、テニス場、フィールドバスケット場、そして多く
の多目的広場を持つ台湾でも有数の公園である。 公園の入り口でタクシーを降り
たのは、早朝6時。しかし、もう公園は活気にあふれていた。最初に目に付いたの
が、二百人ほどの集団。軽快な音楽に合わせ、皆、体を動かしている。ほとんどが
五十代以上の高齢者のようだ。
前方のインストラクターの動きは、実に軽快だが、参加者ご一同の動作も負けては
いない。しかし、こんな早朝にもうこの活気ダ!台湾の中高年のパワーに圧倒され、
私の眠気もいペンに吹っ飛んだ。

 次に、運動場を覗いてみた。ここにも、もう既に百人ほどの人達がいた。皆さん
楽しく、おしゃべりしながら歩いている。しかも、日本語で・・・。五十年に及ぶ
日本統治時代に教育を受けた、70歳以上のお年寄りは、皆きれいな日本語を話す。
しかし、その反面、台湾の国語(北京語)を上手に話せない世代でもある。日本語で
お話している三人組と一緒に歩きながら、お話を伺ったところ、毎朝5時から、一
時間ほど歩くそうだ。もう二年も続けているとのこと。
さらに質問しょうと思ったら今度は、逆に質問攻めにあい、お礼を言って早々に
その場を離れた。
謝謝!再見!

先ほどと反対側のゲートをくぐって運動場から出た。広場のほうへ歩いていくと、
別のグループが、インストラクターと見えるオバサン(失礼)と一緒に体を動かして
いる。このグループも、音楽に合わせてのお尻フリフリである。それにしても、先
ほどのグループもそうだが、この運動をジャズダンスと言うのか、エアロビクスと
言うものかが、私には、さっぱり見当つかない・・・。 
 さらに、運動場の外回りを時計周りに回ることにし、公園の内側へ行ってみると
・・。居ました、居ました。台湾の早朝の風物詩。そうです、太極拳のグループで
す。しかも、数グループに分かれているようです。皆表情は真剣そのもの、一人と
してにやけている者が無い。(あたりまえダ!) 皆健康維持に真剣に取り組んでいる
のが見る者に伝わってくる。暫く優雅な太極拳の動きに見とれていたが、少々皆さ
んのこちらを見る視線も気になってきたので、他に移ることにした。このグループ
の他に、太極拳グループが三組、気功のグループも三組、他に中国剣のグループが
一組それぞれ活動してました。 

 次に、テニス場側へ行くと、最初に見たダンスグループのご一行とすれちがった。
チラッと腕時計に目をやると、ちょうど6時半。少なくても30分は運動してたこ
とになる。しかし、皆表情が明るいのと話し声が大きいのには、驚かされる。疲れ
も見せず、生き生きとし、さっそうとご帰宅なされる。
途中で、朝市に立ち寄り、朝食を買ってのご帰還と想像される。さぞかし朝食が美
味しいでしょうネ。 

 最後に、立ち寄ったのは、公園入り口の向かって右の広場。ちょうど公園を1周
したことになる。
ここでは、社交ダンスのグループが、タンゴを踊ってます。この人達夫婦連れか、
それとも不倫・・?
朝から変な想像をしていると、何処からか歌声が・・!? ナ、ナント、カラオケ
です。しかも、日本の演歌じゃないですか。『あ、あ〜♪川の流れのように〜♪』
まさに、美空ひばりの名曲です。お世辞にも、うまいとは言いがたいケド。とにか
く、声のほうへ行ってみた。運動場の観客席の下の空間を利用して、いくつかの
個室があり、美声の主は、まさにその一室に居た。窓全開、アンプのボリュームも
ほぼ全開って感じ。朝から人目・・いや、人耳も気にせず堂々とカラオケです。
これは、驚きと言うより、感動ですネ。さすが、カラオケ好きのテッシーも、ここ
では、とっても歌えない。お酒もスポットライトもないし・・。しばらく、呆気に
取られて立ち尽くしてましたが、ふと解った気がしたんです。
台湾のお年寄りの元気なわけが。このカラオケおばちゃんも、ジャズダンスのお年
寄りも、社交ダンスのカップルも皆、自分のやりたいことを、人目も気にせず夢中
になっている。そして、ここにはそれを不自然に感じさせない、雰囲気があるって
事です。これが、元気の源だったんです。

 日本の都市でも、公園はいたるところで見られる。しかし、高雄のこのような光景
は、きっと見ることはない。それを、国民性の違いとの一言で片づけてしまうのは、
実にたやすい。しかし、誰だって気の合った仲間と集まって、わいわいやるのは楽
しいに決まってる。公園が四六時中閑散としていることのほうが、不自然ではない
のか。
公園は、犬の散歩のためだけにあるのではない。人々が集まって、おしゃべりして、
運動して、笑って、歌って、楽しむ。そんなふれあいの場所であるべきだ。今、そ
のような雰囲気作り、環境作りが日本に必要なんじゃないのか・・・。
そんな思いを胸に公園を後にした。もう時計は、7時を回っていた。(終)